大晦日は、NHK紅白歌合戦をリアルタイムで観ていました。ちょびひげで登場の桑田さん、相変わらず楽しくパワフルなサザンのステージ。『ピースとハイライト』を聞きながら、社会的なメッセージがこめられた歌詞に、「桑田さんもそういう歳になったんだなぁ」と感慨しみじみ。歳を重ね、恋愛やちょっぴりエッチな詞を歌っていた若い日のサザンとはひと味違うステージを楽しみました。で、このパフォーマンスのいったいどこがイケなかったのでしょう?

 

発端は、SNS上でのこのパフォーマンスへの批判的な書き込みだったようです。それが、たちまち炎上し、圧力団体の抗議行動につながったのだとか。それで、桑田さんは謝罪をすることになったようです。謝罪したら謝罪したで、またネット民がいろいろ言っているようですが…。とにかく事の真相は、僕にはよくわかりませんが、この手のニュースを聞くたびに、わりと違和感を覚えます。

 

「表現の自由」とは、なんでしょう? 日本では憲法21条で、国民の表現の自由を保証しています。憲法とは、国家権力が国民にした約束です。すなわち、表現の自由とは、国家が国民に対して守る約束事です。

 

桑田さんにはアーティストとして、表現の自由があります。一方、批判する人々にも、表現の自由が保証されています。しかし今回、批判する人々の圧力に屈し、桑田さんは謝罪し、表現の自由は奪われました。いくら自由が保証されているからといっても、他者の自由を侵したり、ねじまげていいのかなぁ。さらに、SNS上のネット民の声を、今度はマスコミやニュースサイトが報道する。さも、多くの国民がそう言っているかのように。そして、謝罪に追い込まれ、自由じゃなくなる。なんだか、これっておかしくないですか?

 

年明け早々にも、もうひとつ象徴的なワイドショーネタがありました。安藤美姫さんが自分の子供の顔写真をInstagramで公開し、ネット民からバッシングされた件です。安藤さんは「私のことが心から嫌いなのであれば見なければいいし、気にしなければいいのではないでしょうか」とキッパリ発言。僕も、その通りだと思います。

 

もしも、表現の自由の刃を抜くなら、国家権力とか強い者とか常識に向けられるべきであり、それは健全な社会の姿だと思います。それぐらい尖っている表現やパフォーマンスが出てきたほうが、この世の中、きっと楽しくなりますよ。少なくとも、表現の自由の名のもとに、国民同士が他者に圧力をかけあったり、傷つけあったりするのはやめたいものです。

 

WEBテクノロジーは日進月歩で進化を続けていますが、ネット社会はまだまだ未成熟なんですね。社会のグローバル化は一層進み、環境問題など、国民という括りでは解決できない問題も増えてくるでしょう。そうした社会では、お互いに他者の権利を思いやる心を持たないと、ケンカや誹謗中傷合戦が絶えないと思います。そんな世の中、僕は息苦しくて、まっぴらごめんですけど。

(菊地)